【アラフォー】時代とタイミング次第ではトー横キッズになっていたかもしれないと思う話【毒親育ち】
こんにちは、みかづき(@trickwolves)です。
このブログではたびたび記事にしていますが、私はいわゆる毒親育ちであり、カウンセラーさんに「恐らく複雑性PTSDだろう」と言われたタイプの人間です。
そんな私はニュースで「トー横キッズ」という単語を聞くたび、タイミング次第では私もトー横キッズになっていたかもしれないなぁ、と思っています。今回は私がなぜそう思うのか、そしてなぜぐれなかったのか、心にでっかい傷を持ったアラフォー女が過去を語ります。
プライバシーがなかった未成年時代
私の家庭は父親の度重なる浮気により、小学5年の時に両親が離婚して崩壊。その後私と重度の自閉症がある、確か7個年下の弟は母親に引き取られました。
母親と弟と3人暮らしとなった新居は、非常に狭い2Kの間取りでした。真ん中が食事や普段過ごす部屋、奥が寝室兼母親の化粧台兼私の勉強部屋となっていて、自分の部屋はありませんでした。
ざっくりこんな感じの間取りこの間取りの場合、私が勉強机にいて母親と弟が真ん中の部屋にいる間はある種1人の時間と言えるけれど、誰がいつどのように移動するかなんてわかりません。私の行動は基本的に全て母親に筒抜けであり、1人になる場所も隠れる場所もなく、プライバシーなんてものはありませんでした。
幸いなことに(恐らく)携帯を見られる、荷物をチェックされるなどのプライバシー侵害はなかったと思っています。しかし家の中で誰の視線を気にすることなく、自分のプライバシーを守れる場所は布団の中だけだったのです。
中学生時代・恐ろしきヒステリックマザー
母親は元々ヒステリック気味な性格だったのですが、離婚のストレスやらシングルマザーというプレッシャーやらに加えて弟の障害、さらに更年期障害のせいだったのでしょうか。ヒステリックが年々、超激烈にパワーアップしていったのです。
私が先に帰っていて洗濯を畳んでいない時、洗濯の畳み方や野菜の切り方、料理の際に出す皿が母親の思っているものと違った時(口頭指示なし)は頭ごなしに怒鳴られ、「育て方を間違えた」「産まなきゃ良かった」をはじめとした暴言でボコボコに殴られるので、いつからか家にいることが苦痛になっていました。
そんな状態なので学校から家に帰ってきて、玄関を開けようとするたびに「また怒られるのかな」「今日のお母さんの機嫌はどうだろうか」と、毎日毎日重苦しい気持ちになっていました。今となっては玄関の前で立ち止まって、嫌だなぁ、怖いなぁと思いながらきちんと「ただいま」と言う、なんとも健気な中学生の私を思いっきり抱きしめたいです。笑
高校生時代・ゲーセンという名のオアシス
その後高校生になってからは部活に行ったり、部活と題してゲーセンに行ったりして、なるべく家にいる時間を減らすようにしていました。
私がこの時逃げ場にしていた場所、それはゲーセンでした。部活の友人に勧められたポップンミュージックという音楽ゲームにドはまりして、寝ても覚めてもポップンがしたい!という衝動がすさまじかったのです。若かったね。
私と同じアラフォー、また私より少し上の年代だとゲーセン=不良のたまり場というイメージがあるかもしれません。実際に不良もいましたが、ゲーセン内の不良はゲームがそれなりにできる人には優しかったので、私は嫌な思いや怖い思いはしませんでした。
今でも大切に取ってある、当時の音ゲーに使っていたカードたちゲーセンの仲間は不良というより、心に何らかの傷を抱えている人が多かったです。その傷の内容は同性愛者だったり、私と同じように家族と折り合いが悪かったりと様々でしたが、少なくとも私の周りでは薬やら非行やらに走る人はいませんでした。
ゲーセン仲間とは顔を合わせたり合わせなかったり、一緒にゲームしたりしなかったり、話したり話さなかったり…それでも皆が好きなものを共有しつつ、なんとなく薄っすら繋がれるあの空間は私の居場所であり心の支えであり、オアシスだったのです。
Ifの話・逃げ場や居場所がなかったら…?
ということで私は高校生からゲーセンを逃げ場にしていましたが、あの時ゲーセンがなかったら、逃げ場にしたものが違ったら、違うコミュニティに属していたら…?
それこそ当時の私が今のトー横のような場所に行ける環境だったら、仲間と居場所を求めてトー横キッズになっていたと思います。そして一歩間違えば、薬やら売春やら犯罪やらに手を出していたのではないかとも思います。
当時の私にはそれだけ居場所がありませんでした。家の中はひたすら息苦しくて、母親が怖くて、帰りたくなくて、そしてそんな気持ちを誰にもわかってもらえなくて、とても悲しくて寂しかった。ただただ居場所が欲しかった。
トー横をはじめとしたアンダーグラウンドな場所に集う子どもたちの多くは、かつての私と同じように居場所がなくて、居場所が欲しいだけなのではないかと思います。
そういった場所に行ってしまうことはきっと若気の至りでもなんでもなく、快楽が欲しいわけでも、怠惰なわけでも、犯罪をしたいわけでもなくて、ただただ居場所が欲しいだけの子も少なくないと思うのです。
個々の家庭の問題を解決することは難しいですし、ゲーセンが必ずしも傷を抱えた子どもたちの逃げ場所になるとは言えません。しかし子どもたちが1分でも1時間でもいいから安心して身を寄せられる、ほっと息をつける場所が街の中に1つでも2つでもいいから存在していてほしいと、トー横キッズの名を聞くたびにそう思い願っています。
余談となりますが…私が10代の頃はあちこちにゲーセンがありましたが、ここ20年ほどの間にスマホの普及による集客力の低下などを原因として、個人店を中心に次々と姿を消してしまいました。今は大きな企業のゲーセンや、クレーンゲーム中心のゲーセンしか生き残っていません。令和の時代では、ゲーセンを逃げ場所にできる人はより少ないのかもしれませんね。


