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アラサーのつぶやき

人に優しくするのも優しくされるのも当たり前じゃないと言う話

中の人、アラサー未婚女

この年になって優しさの一欠けらすらない人間がこの世に存在することを知るの巻

周りの人に優しいと言われる方、それってものすごいことですよと伝えたくてこの記事を書きます。

人に優しくできるのは当たり前じゃない

あなたは学校で職場でプライベートで、周りの人が困っていたら助けようと思いますか?

私は概ね助けようと思います、それが知らない人でもとりあえず声をかけます。が、正直困っている人が猛烈に嫌いな人だった場合は助けません。猛烈に嫌いな人だった場合でも事故とか事件とかでリアルに死にかけていたらさすがに手を差し伸べるとは思いますが…その程度です。

私は今までずっとそうやって生きてきました。

どれだけ害のなさそうな顔をしているのか、駅や出先では日本人外国人問わず良く道を聞かれます。

出来る範囲で答えたり、自力でなんとかならなければインフォメーションセンターまで案内したり、英語は話せないのでボディランゲージでなんとか伝えようとしたり頑張ります。

友人には優しいけどそれ故に変な人に巻き込まれるとよく言われます。

女同士の恋愛に巻き込まれたり、ストーカーまがいの人に睡眠薬を盛られた人を一晩中電話で励まし続けたり、いわゆるメンヘラちゃんにとてつもなく好かれたり色々なことがありました。

そんなに言う程優しいのかな?と思っていましたが私がとっている行動は世間的に見れば”優しい”に分類されるものになるそうです。

優しいと言われることは当たり前じゃない、素敵なことなんだよって

仕事でもプライベートでも相手が何を欲していて何をして欲しいのか考えて先回りする。そしてその必要なモノコトを用意したり準備したり、あるいは手伝ったりする。

特に自分の利益を考えず動くことが出来る、相手から優しさを貰ったならばすぐにお礼の言葉を伝えて感謝の気持ちを表すことが出来る。

これらが自然とできる人は類稀なる感覚を持っていると自分で自分を認めてあげて欲しいし褒めてあげて欲しいです。

察することが出来る人からすれば感覚的にわからないものかと思うのですが、物事を察することができない人間は世の中山のようにいます。なぜ流れを動きを察することが出来ないのか私もいまいちわからないのですが、本当に察することが出来ない人間はいます。

察しても動かない人間も山のようにいます。面倒だから、自分にメリットがないから、あるいは恥ずかしいから…いろんな理由で察していても動けない動かない人間は少なからず…いえ、多くいます。正直察することが出来ない人よりこちらのタイプの方が厄介なのですが。

そんな中で察することができてかつ動くことができるというのは素晴らしい感覚です、能力です。あなたはすごい、素晴らしいです、そんな自分を誇っても良いくらいのことです。

ただそんな素晴らしい性質をいいように利用されないように、そこだけは注意して下さいね。自分の中で譲れない線があるならその線はきちんと引いて、そして持ち合わせた優しさを与える人は選べる時は選んでください。

電車の中で人が倒れたとか道を聞かれたとかそんな状況であれば与える対象を選ぶのは難しいですが、優しい人を利用しようとする輩もまた多く存在していることだけは忘れないで下さい。

お金や時間は有限です、あなたの財産です。それを奪おうとする人にはどうか注意して下さい、特にお金を与えられようとする人には要注意です。

優しさの一片すら持ち合わせていない人間は確かに存在する

私の職場には本当の本当に他人に対する優しさを一欠片も持ち合わせていない人間がいます。

この歳になってここまで自己中心的な人間に初めて出会って心底驚いていますが、彼は先程書いた「察しているのに消して動かない」タイプです。

その割に自分はやってもらって当たり前、何かをして貰ってもお礼の一言もなし。自分が望むものは言葉にせず全て察しろというスタイル、そしてその望むものを他の人間がやっていないとすぐ不機嫌になって周りに当たり散らしたりあるいは不貞腐れて仕事中に寝たりするなかなかのやんちゃなアラサー♂です。地雷かよ。

そんな彼を見ていて、人が自分に優しくしてくれるのも自分が人に優しくするのも当たり前ではないし、有難い素晴らしいことなんだなということを心底思うようになりました。

人間が人間という動物であり、ただ命を繋いで生きていくだけであれば人間に優しくする必要はないし、人間に優しくされる必要もないのかもしれません。それでも私はこの”人間という文化的な動物”に生まれた以上自分と同じ生き物である人間に優しくしてもらったらとても嬉しいから、人間に優しい人間でいたいと強く思います。

誰かに優しくしても優しさが返ってくるとは限りませんし、むしろあげた優しさが仇となって返ってくる場合もあるでしょう。先程書いた彼はまさにそのタイプであって、人から受けた恩を数倍の仇にして返してきます。

残念ながらそういうタイプの人は世の中に少なからずいるのだと思います、そういう人に優しくする必要はありません。むしろそういった優しさを吸い取るばかりの人間からは逃げても良いと思います。むしろ逃げて下さい、優しさを持った人がくたくたに疲れてしまうなんてそんな世界はおかしいと私は思うのです。

まとめ・人に優しくできることはほんの少し特別なこと

優しさは時に偽善と言われ、あるいはその優しさを疑われることもあるものです。

ですが、それでも他人に優しく出来る性質を持った人は素晴らしいと私は思うのです。だってだって、それは誰にでも出来ることではないのですから。そんな素敵な性質を持った自分を少しでも褒めて、好きになってあげて下さい。

私も自分の割と人のために動ける自分が好きです。自分のことが死ぬほど嫌いだった私が見つけた、大切な自分の好きなところです。

これからもこの先も人に何か出来るときは力を尽くし、人が何かしてくれたらたくさんの感謝の気持ちを込めてお礼を伝えられる人間でいられるよう常に優しさが当たり前ではないことを心に刻んでおきたいと思います。

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三日月
三日月
静岡県在住のフリーライター。サプリメントや動物、オタク業界に強いアラサー♀。お仕事の依頼や問い合わせはお問い合わせフォームからお願いします。

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