どうもこんばんは、みかづき(@trickwolves)です。
私は2018年10月末で飼育員の仕事を辞めたのですが、なんやかんやとやっているうちに退職して丸4年が経過していました。
退職後はひょっこりと独立し、今はWEBライターとしてそれなりにお仕事をさせて頂いています。動物の勉強をしてきたからこそ、飼育員だったからこそ任せてもらえるお仕事も少なくなく、人生に無駄なことなんてないのだなぁ…としみじみと思う日々を過ごしています。
さて、そんな私はこのところ「飼育員という夢にしがみつかなくて良かった」と強く思うようになりました。正直な話をすると、今でも動物園で飼育員さんを見ると「いいなぁ、羨ましいなぁ」と思います。今回はそれでも私が飼育員という夢にしがみつかなくて良かったと思うようになった、その理由をお話していきます。
もしかすると
- 飼育員になりたい人
- 飼育員になりたいのになれなかった人
- 叶えたい夢がある人
- 夢があるのに叶えられなかった人
そんな人にとっては何かの役に立つ…かもしれません。
私の経歴について
私は中学生くらいから動物園の飼育員を志し、大学は東京農業大学の畜産学科へ進学、その後養豚牧場、総合商社で働いていた…という経歴を持っています。
大学4年生の時の就活で動物園を複数受けましたが、どこにも受かりませんでした。そのため牧場で動物に関わりながら勉強に励んで夢を叶えようとしましたが、会社で働きながら勉強をして、試験に受かることはそう簡単なことではありませんでした。
大学4年生の時、牧場にいた時、商社で営業をやっていた時。その間はずっと、夢を叶えられなかった自分に強いふがいなさや情けなさを感じ続けていて、ずっとずっと自分なんてどうしようもないなぁと思っていました。
しかしその後うっかり飼育員になるという夢を叶えて夢の舞台を下り、自営業になって4年経過するうちに今の“フリーランス”という立場が自分に向いていること、そして飼育員という職業が全く自分に向いていなかったことが身に染みてわかったのです。
飼育員に向いていないのかもしれないと思ったきっかけ
飼育員時代。私の同僚には飼育員としては数年先輩で、10歳ほど年下の女性がいました。
彼女は今もとある動物園で働いているのですが、文字通り動物たちに無償の愛を注げるすごい人でした。彼女は誰よりも朝早く出勤し、必要とあれば残業代が一切発生しない残業も厭わず、どんな場面でも率先して動物たちのために動いていたのです。
現役時代、彼女の姿を見ていた私はある日ふと
と、そう思ったのです。
そう思った時から「全てを投げうってでも動物に尽くすことが出来ない、こんな私は飼育員に向かないのかもしれない」と考えるようになりました。
苦悩しつつも、飼育員に向かないことを受け入れた
とはいえそんな私にも、武器がありました。それは大学で学んだ知識、特に畜産関係に関する知識です。感情面で同僚のように動くことはできなくとも、学んできた知識を生かせる日々は本当に楽しく、やりがいを感じていました。
しかしそんなやりがいを感じつつ、日々「やはり飼育員に向いていない気がする」という思いは積もっていきました。頭の冷静な部分では私のような「頭でっかちである種ドライな飼育員」がいても良いのかもしれない、と思うことはありました。それでも動物たちに無償の愛を注ぎきることができず、こういった性質を持つ自分は飼育員に向かないという結論に至ったのでした。
ですが正直なところ、飼育員時代は臨時職員にもかかわらず正規職員のように扱われる、しかし賃金や雇用年数に関しては臨時職員以上には絶対になれない、という都合の良い使われ方をしていることが常に頭にちらついてしまっていました。そんな状況下において、自分の時間や体力、お金を気にせず動物たちに100%を超えて1000%の愛を向けること…それは私にとっては無理難題だったのです。
動物の「個」より「全体」に興味があることに気付いた
飼育員を志していたものの、飼育員に向いていなかった。
そんなある種残酷な真実に気付いてしまった私ですが、その事実は私にとって悪いことではありませんでした。というのも、実際の経験を通じて様々な事に気付けたのです。
私は大学時代にはミニブタと関わり、養豚場では1000頭近くの母豚と子豚を担当し、動物園では園全体の動物たちを見るポジションとして、さまざまな動物と関わってきました。
この経験の中で、私は動物の「個」より「全体」に興味があるということに気付いたのです。具体的に言うと上野動物園の「シャンシャン」より「ジャイアントパンダ」に、東山動植物園の「シャバーニ」より「ニシローランドゴリラ」に強い興味を惹かれるのです。
動物園が好きな人たちはいわゆる”推し動物”がいる事も多く、「どこの〇〇ちゃんが好き、かわいい!」といった話をよく耳にします。私は昔からそれらの話を「そうなんですね!」と楽しく聞きつつも、そこまで一緒に盛り上がることができずにいました。実はずっと「なんでだろう…」と人知れず悩んでいたのですが、これは私の持つ性質ゆえだったのだな、と腑に落ちたのでした。
極端な話、病気がまん延したなどの理由で1匹を殺処分にすれば100匹の命が助かるという状況であれば、私は恐らく100匹を助ける方を選ぶと思います。
なぜなら101匹よりも100匹を救うことで、その種が存続して欲しいと願うからです。もしかしたらこの考え方は私が1匹でも多くの命をよりよい品質に育て商品にする…という畜産学を学び、その現場にいた影響も強いのかもしれません。
個よりも全体を見たいと思う私のこの性質は、飼育員よりも研究者や発信者に向いているように感じています。適材適所という言葉があるように、個ではなく全体を見る力が役に立つ場面もあるはずです。
まとめ
長らく飼育員になることを夢見て一度だけ夢を叶え、最終的には夢破れたのが私、みかづきという人間です。
しかし実際に現場に行って学び、経験を積み重ねる中で自分の本質や性質に気付けて良かったなと思っています。なぜならここまでしなかったら今も飼育員になりきれなかった自分に情けなさやふがいなさを感じ、後ろ向きな気持ちを引きずっていた可能性が非常に非常に非常に高いからです。
今も昔も、飼育員になりたいと夢見ている人は星の数ほどいることはよくよく知っています。しかし飼育員になりたいと思っても、実は私のように適性がなかった…という人も少なくないようにも感じているのが実際のところです。
ただそれは実際にやってみないとわからないことです。飼育員になりたい!という夢を持っている人は自分の夢を叶えるためはもちろん、自分の適性を見極めて将来の自分の心を守るために、一度現場に飛び込んでみると良いのではないかと思います。