道化鴉

日々生き方を模索しているオタクコスプレイヤー、アラサー♀のお仕事・動物・心理学に関するブログです。(認定心理士取得予定)

生きづらさを抱える人間が渡辺淳一さんの「鈍感力」を読んで

私は物心ついた時から息苦しい程の生きづらさを抱えて生きてきました。


常に自分だけが世の中から浮いている感覚と言いましょうか、常に自分だけが間違っていて悪であるのではないかといった不安と言いましょうか、あるいは私なんぞが生きていて良いのだろうかという強烈な焦燥と言いましょうか、なんといえば良いのか分からないのですが常にそんな葛藤達と同居しながら戦いながら今日に至っています。

生い立ちと性質は切っても切れないものがあると思う

日頃なるだけ笑顔でいるように心掛けてはいるのですが、いつもそんな仄暗いもの達を常に心の底に敷いたまま気づけばアラサーになってしまいました。これをどうにかしたいと思って2年前に心理学を勉強し始めて随分良くなったとは思うのですが、それでも未だに猛烈な不安に溺れて文字通り死にそうになる日もあります。


感受性が強い・繊細であるという特性を持っている人を”ハイリー・センシティブ・パーソン(HSP)”と呼ぶそうで、私はHSP診断を受けるとHSPではないものの非常に敏感である、という診断結果が出ます。そして友人には繊細で気遣い屋で気にしいなところがあると言われます。そんな中、ある時からつまり自分は人より少し色んなものを受け止めてしまう性質が強いが故に生きづらいのでは?と思うようになりました。


www.crescentwolf.work

HSP診断のURLなどはこちらからどうぞ。

中の人の過去語り

我が家は私が小学校5年生の時に両親が離婚しています。直接の原因は父親の浮気、不倫だったのですが小学校3〜4年の頃からなんとなく家の中がぎくしゃくしていてあまり良くない雰囲気が強くありました。


母親と父親が夜な夜な怒鳴り合いの喧嘩をすることも多々あり、寝室の布団の中で怖くて震えて泣いていた日がありました。激昂した父親が素手で玄関のガラスを叩き割り、ガラスの破片が刺さった血まみれの拳を振り回して隣の畑で怒鳴っていてとんでもない恐怖を感じた夜もありました。


弟はいるものの以前も書いた通り最重度の自閉症で意思の疎通が全く出来ないので悩みや悲しさを共有できる人が1人もいませんでした。とてもではないけれど友人にはそんな話はできず、辛さやら悲しさやらを心に閉じ込めて蓋をして我慢してやり過ごしていました。


なぜかその頃から社会人になった後までちょっとしたことで母親に叱られる事が多く、いつも母親の顔色を伺って暮らしていました


料理が出来たから適当にお皿を出してくれと言われて自分なりに考えて出したらこの料理なのにどうしてそんな皿を出すの!!と理不尽に怒られたり、野菜の切り方1つで頭ごなしに怒鳴られたり、土日に友達と遊んでいたらなぜ休日くらい家のことをやらないんだ!家族サービスをしないんだ!と叱られたり、夜友達やら彼氏やらと電話していたら私のことなんてどうでもいいんでしょう?と猛烈に不機嫌になられたり…そんなことが毎日のように続き学校や仕事が終わった後も家に帰りたくないと思うとても息苦しい毎日でした。


それから数年経って心理学を学んだ今となっては母親もシングルマザーになったこと、弟の障害と日々向き合わねばならなくなったことなど心的な疲労が重なって無意識に私に子供という役割以外にも父親(夫)的な役割も背負わせようとしていたのかな…と思うのですが、その頃の経験が周りの空気を読みすぎて気を使いすぎて疲れてしまう私に繋がっているのだと思います。女手一つでここまで育ててくれたことには感謝していますが、それでも私は正直ずっと生きることが辛かったです。


悲劇のヒロインぶっているわけではありません、同情して欲しいわけではありません。ただ人生の3分の1を生きてきた中で同じようなものを抱えて苦しんでいる人をたくさん見てきました。同じ辛さを抱えている人が自分は1人じゃないんだと思って少しでも希望を持ってくれたら嬉しいな、と思います。


そんな敏感な性質のおかげで相手が求めるもの、そのニーズを的確に汲むことが出来るので前職の営業をやる上でのスキルとしては非常に役立ちました。ただしその代償として自分への負担が半端ではありませんでした。そして結果的に鬱病になりました…。

本書、鈍感力との出会い


そんな日々の中ふと本屋で目に付いた本がこちら、鈍感力というもの。


敏感なことや空気を読むことは日本の社会において是とされますが、そんな中であえての鈍感力を表に打ち出しているこの本にとても興味を抱きタイトル買いをしました。


内容はざっくりと、敏感なことは悪いことではないが鈍感なことの方が生きるうえでメリットが大きい、というもの。


本書の中で鈍感であることが良い、素晴らしいとされているのは

  • 性格や考え方
  • 五感
  • 体のあらゆる部位(胃腸や気管など)

などなど。あらゆる方面から物事に対して鈍感であることのメリットを説いています。


紹介されている例としては

  • 多少叱られても響かないめげないことで大成した医師や作家
  • 褒められたことを単純にエネルギーとして使い良い意味で図に乗った結果その名を世界に轟かせるようになった画家
  • 腐ったものを食べて仲間内が皆寝込む中下痢一つしなかった胃腸が鈍感な男性

など。筆者の実体験を主にあらゆる事例や物事とそれに対する敏感さと鈍感さの違いが書かれています。


読んでいてなるほどととても納得できることが多いのですが、そこはどうも納得できないなぁと思うこともありました。それでもああそういう考え方もあるんだなぁと、やはり私は敏感な性質が強かったのだなぁと知ることが出来より良く生きるうえでのヒントを得ることができました。


オススメは13章「嫉妬や皮肉に感謝」

一番心に残ったのは社会でよくある嫉妬や中傷に対する鈍感力の記述です。


嫉妬されるのは、その人自身が優れているからで、相手はそれが羨ましくて嫉妬しているのです。「ごめんね、俺ができすぎているので、君を苛々させて。君が妬む気持はよくわかるし、大変だと思うけど、ほどほどにしてね」こういえるようになると、もう大丈夫です。
著者:渡辺敦一『鈍感力』(集英社文庫、2010年)179Pより引用


という部分、この考え方はとても良いし是非自分にも取り入れたいと思いました。


今の職場でやたらと人のアラを探して延々とねちっこく言ってくる男性がいるのですが、鈍感力と心理学的に考えたところその人は人の細かいことが許せない非常に敏感な性質であり、本質的には自分に自信がないが故に相手を貶め下に落として自分を上に持っていこうとしているのではないか…?という考えに至りました。


とすればいちいち彼の言動で苛々するのは時間もエネルギーも非常に勿体無いことです。人の考え方は一朝一夕で変わるものではありませんが、苛々した時は鈍感であることのメリットやこの考え方を思い出して少しずつ考え方のクセや角度を良い方向に変えていきたいなと思いました。

ブロガー始めクリエイターは敏感な方が多いのでは?と思う

毎日暮らす中で数日に1回これだけの文章をいちいち書いてブログというメディアを続ける「私」という生き物はやっぱりちょっと考えすぎで敏感な性質なのだろうと思います。


SNSをやっていてもブログなんてやろうと思わない人も多いだろうし、よしんばやり始めても三日坊主で終わってしまう人も多いでしょう。それを半年ちょいで100記事もだらだらつらつらと書いて続けることが出来ているのは人より少し敏感で考えることが多いからなのかもしれません。


ブロガー以外にも絵や音楽、あらゆるものを作り出すクリエイターの方達は感じるものが多くて溜まり溜まったそれらを吐き出す手段がそういったモノづくりである、という敏感な方が多いのではないでしょうか。

おわりに

周りの空気を読んで察して人が心地良いようにと動けるところは私の長所であり短所であるのだと思います。


この性質は決して悪いことではないと思うのでうまいこと長所と言えるように伸ばしつつ、しかし鈍感でいられる部分も伸ばしつつ、自分がより良くより楽に、かつ思うように生きることが出来るように少しずつ自分を変えていきたいと思いました。


鈍感力は私と同じように生きづらさを抱えた方におすすめしたい一冊です。
心がしんどくなった時に読んで自分の心を守る、お守りのような役割も果たしてくれるやもしれません。


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