道化鴉

日々生き方を模索しているアラサー♀のお仕事・心理学に関するブログです。(認定心理士の勉強中)

無意識の中にいる自分の気持ちに気づいた日

こんばんは、三日月です。

数日疲労困憊でパソコンすら開けませんでした…明日はお休みなのでなんとか体力を戻したいところです。

 

さて、何度も記事に書いていますが私は念願の飼育員になることができました。動物が大好きですが、動物と関わる以上「生きること」と「死ぬこと」は常について回ります。

 

大学生時代は朝早きして朝から晩まで一生懸命世話したミニブタを自分の手で何頭も殺しました。彼らはペットではなくて実験動物でした、実験に使うために愛情をこめて世話をした子たちを自分の手にかけました。

 

養豚場で働いていた頃は間接的にたくさんの豚を殺しました。養豚場にいる豚たちは当然ながら食肉になるための命です。毎日親豚100頭、子豚900頭近くを世話しながら体調に変化はないか調子が悪そうな子がいないか目を光らせていましたが、最後には屠畜場に向かうトラックに自分の手で豚を詰め込みました。

豚って結構賢いんですよ、トラックに乗りたくなくて必死に足を突っ張る子が多かったです。多分自分たちの運命をなんとなく察していたんでしょうね。

 

物が好きだから動物に携わる仕事をしつつも動物を殺さなければならない、そんな矛盾が苦しい日々でした。段々目の前で命が消えていくさまを見てもそれほど心を揺らさず、なんとも思わなくなっていく自分が怖いと思った毎日でした。

 

獣医を志していた方と話しをしたとき、やはり同じことを言っていました。動物が好きだから、動物を救いたいから獣医になりたいのに獣医になるためにはたくさんの動物を殺さなければならないのが辛いと、運命を察した動物(特にビーグル犬)の怯えた顔が頭から離れないと言っていました。

 

こんな経緯があったので自分が飼育員になれたとき目の前で動物が亡くなった時にきちんと悲しいと思えるのかどうかということをどこか心の隅で不安に思っていました。悲しいとも辛いとも思わなかったらどうしようと、だけどそうなることもあり得るなと。

 

そしてその時はやってきました。ここ数週間で私がこれから担当しようとしている動物が立て続けに亡くなってしまいました。2頭とも私が休みの日に亡くなったので看取って上げることも出来なかったし、亡くなったという実感もありませんでした。

 

正直そっか、残念だなぁ…くらいしか思えていなかったのに今日その子の亡骸を見たらなんだか急にこみあげてきて、泣きそうになりました。その場はなんとか耐えました。

 

実際その子が亡くなったのがおととい。昨日の私はなんとなく気分が上がらなくてぼんやりしていて、なんでこんなに調子が悪いんだろう?と思っていました。今日も朝からぼんやりしていて風邪かな?なんて思っていたけど、もしかするとその子が亡くなったことが潜在意識の中で結構なストレスになっていたのかもしれません。

 

心理学の勉強をしていて今期は「心理カウンセリング序説」という教科をとっています。そこで学んだことになりますが、人は生きるために苦しいことや辛いことなど”扱いの難しい事情”に直面したとき、無意識化にそれらを心の中の倉庫に仮置きしてしまうそうです。そして扉をしめたり鍵をかけたりして今まで通り日常生活を送ろうとするのですが、結局その”扱いの難しい事情”は心の中に置きっぱなし、存在しっぱなしになっています。見えなくなっているだけでそこにあることに変わりはないのです。

 

※扱いの難しい事情というとなんだか難しく思えるのですが、戦争を体験した方にとっての戦争だったり、家系の問題、マイノリティの問題、家族間の問題だったり人それぞれが抱える問題とかそういったニュアンスのことのようです。

 

そして勉強したことを思い出したとき、ツイッターでフォロワーさんが声をかけてくれたとき、ふと自分の状態と動物が亡くなったことが無関係ではないことにようやっと気づきました。

 

ああ、私ってば気づいてなかったけど本当はめちゃくちゃに悲しいんだ

 

そう思ったらぼろぼろ涙があふれてきました。短い付き合いだったけどやっとなんとなくお互いなれはじめた矢先だったのに、悲しくて寂しくて、何もしてあげられなかった自分が悔しくて、しんどいという気持ちをやっと認識しました。2日遅れで。

 

部屋の掃除をしているとちょっかいを出してきて私の被っている帽子を取ろうとしてきたり手からエサを受け取ってくれたり、そんなことをしてくれる可愛い子でした。

嬉しいな、もっと仲良くなりたいなって思ってた矢先の話です。

 

私はたくさんの命を自分の手にかけてきました。目の前で命が消えていくことに慣れたと思っていたけれど、毎回心を揺らす訳にはいかない状況だったので悲しいとか辛いとかそういう気持ちは心の倉庫に並べもせず全部乱雑につっこんであっただけだったのかもしれません。

 

名前は書けないけど…気づかせてくれてありがとう、何もできなくてごめんね、せめて安らかに眠って下さい。時折花と大好きだった食パンを供えに行こうと思います。