道化鴉

日々生き方を模索しているアラサー♀のお仕事・心理学に関するブログです。(うつ病完治、ゆるゆると社会人に復帰しました。)

何事も常に自分が楽しむことが大切なのかもと思ったお話し

こんばんは、三日月です。

本日はアプリゲームで知り合った人と突発で遊んできました、楽しかったです!遊びつつ思った事をつらつらと。

 

元々は自分に自信がなくてとても卑屈な性格でした。

私は小さいころから喘息持ちで体が弱く、体も小さく気も弱かったので幼稚園から小学校の低学年の頃はいわゆるいじめられっこでした。

 

近所の子たちが遊んでいる時にお前はディズニーランドの飴を持っていないから仲間に入れてあげない!とハブられたりなんだかんだ理由をつけてはいつも仲間外れにされていました。そしていつも泣いてました、いじめっこからしたらすぐに泣く私は格好のいじめの標的だったことでしょう。

 

そんな経験がたたったのか生まれ育った環境ゆえかわかりませんが、つい数年前まで本当に自分に自信がなくて自分の存在価値がわからなくて事あるごとに私なんていなければよかったのに、最初から存在しなければよかったのに、あえて死にたくはないけど消えてしまいたいと思っていました。

 

いじめられていたのは小学校の低学年まで、いじめられていた期間もいじめを克服したあとも常に背中を預けても良いと思うような友達はいましたし小学生の時は成績も優秀でした。大学生になってからは恋人も出来たりそれなりに生活が充実していたにも関わらず常に心の中はネガティブでした。

 

正直特に大学生の頃あたりまでは友達と遊んでいても「今この人は私なんかと遊んでいて楽しいんだろうか?他の友達と遊んだほうがいいんじゃないか?」という気持ち…というより巨大な恐怖感が常に頭の中を埋め尽くしていて楽しい反面常に何かにおびえていました。

 

友達がほかの友達と話しているのを目の当たりにすると自分なんていらないんじゃないかという気持ちが先走ってこっそり逃げていました。友達がいっぱい作れる人がうらやましくて、妬ましくて、そんな卑屈な感情しか抱けない自分が吐き気がするくらい大嫌いでした。

 

嫌いだった自分を変えたいと思ったきっかけ

そんなこんなで私は自分が心の底から大嫌いでした。そして今でも忘れられない思い出ですが、当時お付き合いしていた人に言われました。

 

自分を愛せないあなたが、誰かを愛せる訳がないでしょう、と。

 

まだ二十歳そこそこだった当時の私は頭をハンマーかなにか鈍器で殴られたような衝撃を覚えました。一瞬カッとなって怒りも覚えましたが、少し考えれば当然のことです。ぐうの音も出ませんでした。

 

今までの人生の中で1回だけ、本当に1回だけこの人となら結婚してもいいかもしれないと思った人でした。結局色々あってお別れしてしまったけど、彼のことは人間的に尊敬していた部分も多くあったので今でも忘れられません。もしどこかで会えたら一言ありがとうとだけ言いたいです。

 

そして自分に自信を持ちたくて頑張ったら意外と報われました。

そこからもう十年近くたちますが、今ではあの卑屈だった自分が遠い昔のように思えます。自分大好き!とはまだ言えませんが良く頑張ってるじゃん自分!と自分をよしよしと褒めてあげられるようにはなりました。

 

自分を嫌いな自分から抜け出したくて必死で足掻きました、泥の中を足掻くこと数年…8年くらいかかりましたがなんとか抜け出すことができました。

この数年、自分を変えるために本当に色々やりました。

 

友達が欲しかったので当時好きだった作品(TIGER & BUNNY、略してタイバニ)のオフ会に一人で行きました。都内開催で知っている人なんて一人もいなくて怖かったけど、オフ会から早5年、今でも仲良くしている友達がいます。本当に大好きな友人たちです。

 

自分でもオフ会企画を立ち上げてオフ会を開催しました。本当に小規模だけど有難いことに手を挙げてくれた人がいて、その時からずっと仲良くさせて貰っています。

 

傍にいてくれる人が欲しかったので掲示板で友達を募集しました。そこで繋がった友人とは毎日メールしていて、途中から会って遊ぶようになってもう4年を迎えます。

 

楽しいと思えることがしたかったのである日始めたアプリゲームのギルドに参加しました。そこから諸々あってギルドのメンバーとは電話したり一緒に遊んだりする仲になりました。今日遊んでいたのもこのギルドメンバーです。

 

刀剣乱舞にハマっていたころは刀が見たいがために泊りがけで福岡に行き、一人日帰りで山形に行きました。

 

アイドリッシュセブンにドハマりしていた頃はパネルが見たいがために泊りがけで広島に行き、やっぱり一人日帰りで仙台に行きました。

 

そう、やってみたいと思ったことをなんでもやるようにしたんです。やったことに対する後悔よりやらなかったことに対する後悔の方が大きいと気づいたので、とりあえずなんでも手を挙げてなんでもやってみようと思ってから大きく人生が変わりました。

※もちろん何事につけても危ない危なくないの見極めは大事です。

 

たぶん、人見知りで小さくていじめられっこで隅っこで泣いていた当時の私はもういません。泣き虫の私は泣き止んでんでくれたでしょうか…?

 

「今この人は私なんかと遊んでいて楽しいんだろうか?他の友達と遊んだほうがいいんじゃないか?」今はもうそんなことは思いません、多分きっと自分が最大限楽しめばその楽しい気持ちは相手に伝わるだろうから。私と一緒にいることに時間を費やすことを選んでくれた友人にはたくさん笑って欲しい、一緒に笑顔で楽しみたいと今では強く思います。

 

多分何事も自分が目いっぱい楽しめばおおむねいい方向に転がるんじゃないかな?と今ではそう思うのです。

 

自分が楽しいことも笑うことも大好きです、それ以上に人を笑顔にすることが大好きです。私と一緒にいて私と話して誰かが笑顔になってくれたら、私もすごく幸せです。

 

おわりに

どんどんと年を重ねるうちに全ての経験が繋がって今の自分が構築されていると日々思うようになりました。全てのことが無駄じゃなかった、何かしら意味のあるものだったと思えるようになりました。

 

今はそれなりに日々幸せに生きてるよ、苦しくて苦しくて死にたいと思ったこともあったけど、もがいて苦しんでも今日まで生きてきた自分を褒めてあげたい。自分ありがとう。よく頑張ってきた!これからもゆる~く頑張ろう。

 

まだまだ苦しいこと、辛いこともいっぱい待ち構えていると思います。それでも今楽しい、幸せだなって思えることに、関わってくれる友人たちに目いっぱい感謝しながら日々を大事に生きていきたいと思います。

 

ではでは、本日はここまで。