道化鴉

日々生き方を模索しているアラサー♀のお仕事・心理学に関するブログです。(うつ病完治、ゆるゆると社会人に復帰しました。)

相模原障害者施設殺傷事件について思う事

こんにちは、三日月です。

 

相模原障害者施設殺傷事件 - Wikipedia

現在退職からの療養中なので昼間からぼんやりテレビを見ていましたが

明日でこちらの障害者施設の事件から1年だそうですね。

 

 

障害者について思う事。

中の良い友人には話をしていますが、私の弟は最重度障碍者です。

自閉症」と呼ばれる障害だそうですが、原因も対策も何もわからない障害です。

 

私と弟は7つ年が離れていますが、弟の障害が明らかになったのは彼が3歳の時でした。

1~2歳の時から元々言葉が出るのが遅いかな、ちょっと他の子どもと違うかな、

といった話があったのですが、まあ来る時が来ればちゃんと言葉が出るように

なるだろうと両親も親族も誰もそれほど深刻に考えていませんでした。

ただ3歳の時に余りに言葉が出ない、成長が遅いのではないかという話になり、

きちんと検査した結果自閉症であることが判明しました。

 

h-navi.jp

自閉症 - Wikipedia

 

自閉症と一言で言っても色々な症状があるようです。

まず会話が出来る人、会話が出来ない人の2つに大まかに分けるとすれば

私の弟は後者、既に成人していますが私は彼と話しをしたことがありません。

医師によると彼の知能は3歳児並みと診断されていますが、

3歳の時からその診断は変わっていない為恐らく一生そのままなのでしょう。

とは言え一般的な3歳児はおそらくある程度の会話は出来るものと思われますので、

実際のところは3歳児未満の知能と考えた方が良いと思っています。

 

自分でも今この記事を書きながら「他人事だなぁ」と思っていますが、

私は彼に対する姉弟の情が非常に薄いです。薄情だと自分でも思っています。

もし母に何かあって弟と2人になっても私は彼を施設に入れてしまうと思います。

2人で生活して彼を見ながら働くのは非現実的すぎますし、やりたくありません。

 

弟は既に20歳も超えていますが、「お母さん」「先生」「お姉ちゃん」程度の

単語しか喋ることが出来ません、見た目は普通の成人男性です。

なんとか発声出来るそれらの単語も正しい対象に向けて話すわけでもありません。

私に対してお母さん、母に対して先生と言う事も日常茶飯事です。

一応家族は何か特別なものであろうと言う事だけはわかっているようですが

車が危ない事もわからないので目を離せば道路に飛び出してしまう、

一応トイレは自力で出来るものの今でも時折下着やトイレを汚してしまう、

病気やケガをしてもどこが痛い、何が辛いかすらわからない、

弟と言えど、一度も意思の疎通が出来たことがないので、正直良くわからないのです。

 

自閉症でも一応会話が成り立つ人もいます。

生活能力はないけれど特別な才能があってその才能を生かせる人もいます。

友人の弟も同じように障害がありますが、少し会話が出来てピアノがとても上手です。

友人の結婚披露宴では見事なピアノの演奏を披露して、思わず涙ぐみました。

 

私の弟は本当に何もできません。

でも人懐こくて障害者施設の職員さんや入所者の方にはとても人気があるようです。

それでも私は、彼をまっすぐ弟だと、自分の兄妹だとどうしても思えません。

薄情な自分に苦しいと思った事もあります、今もとても思っています。

それでも、彼が生きている理由ってなんだろうかと思ってしまうこともあります。

だからといって死ねばいいとか殺そうだなんてことはちっとも思わないけれど。

 

相模原の事件は決して許されることではありません。

ただほんの少しだけ、何かをどこかで間違ったら、

同じ様に思ってしまう人もこの世には少なからずいるのかもしれません。

 

 障害者のことは割と隠されてしまう事が多いですし今まで大っぴらにしませんでしたが

こういう人もいるんだよって事を知ってほしく、記事を書いてみました。

上記の通り弟とは意思疎通が出来ないので思い出も何もあまりないのですが

障害者の家族だからこその思い出や考えを思いついたら書いてみようと思います。

抱え込まなくて良いんだよって、いろんな人に言ってあげたい。自分にもね。